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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

シネスイチ板橋プログラム15『インセプション』


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SF版スパイ大作戦

劇場で観たときは、あの『ダークナイト』に次ぐノーランの作品ということで、えっらい期待して行きました。例のカッコイイ予告編のせいもあり、テンションはかなりマックス。

例のカッコイイ予告編


ハードルを上げすぎてしまった僕は、劇場で観終わった時、正直かなり拍子抜けでした。

ところが、日曜洋画劇場で放送された吹替版を観直したところ、やけに面白かったんですね。恐らくほどよくカットされ、吹き替えになったことなどもあり、肩の力が抜けまくっていたのだと思います。

そうすると、この映画の狙い(ノーランの目論見)が見えてきたのです。

ノーランは『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』などでアメコミの世界をリアリティ満点に描くとどうなるのかという事をテーマにして作っていました。で、この『インセプション』も往年のテレビ番組『スパイ大作戦』をリアリティ満点のSFにしてみようという目論見だったことが分かります。

SFとしてのビジュアルもやたらと面白くて、ディカプリオの例の顔が象徴するように基本的なスタイルは「シリアス」なんですけど、要所要所にユーモアや洒脱な部分が結構あって、「なるほど『スパイ大作戦』なのか」と腑に落ちると、一気に全体像が明確になって来ました。


終始眉間にシワを寄せている鬱陶しいディカプリオを中和するようにユーモア満点なイームスを好演しているトム・ハーディー。

ご存知のように現在超売れっ子になっており、続く『ライジング』でもスペシャルマッチョに肉体改造して悪役ベインを熱演。

日曜洋画劇場で観た時に、このイームスの吹替をミスター軽妙の平田広明氏がやっていたのも僕の印象を変えた要因でした。どんなに深刻な状況に陥ってもノリが常に軽いイームスの存在がすごく本作を楽しくしている事に気づきました。
クライマックスで作戦が失敗したかに見えた時も「あとちょっとだったのになあ」と至極軽い。そのくせインセプションのターゲットであるロバートに対しても父親代わりのトム・ベレンジャーに化けたりして励まし、結果的に親子の絆を取り戻させるという変則的な善行を行なっているのも面白い。役回りも本来なら女性がやるべきキャラクターなのも妙に艶かしい色気のあるトム・ハーディーが演じているのが実に面白い効果を生み出している。


ターゲットのロバートを演じているキリアン・マーフィが本作でも実に面白いポジション。画像は名セリフ「財布はもっとするぞ」

ノーランは本当にキリアン・マーフィを面白く使うのが上手いようで、それに飄々と応える彼も抜群にユニークだ。役どころがまた一工夫あり、インセプションされる側の人間なのだが、二転三転して結果的に仲間のひとりとして行動することになるんですね。当然それもインセプションのための計算のうちなんですが、彼らにいいようにドタバタに巻き込まれながら、まるで疑わないあたりのピュアさ加減が妙に面白く、キリアン・マーフィが演じることでそれが倍増してユーモラス。しかも、クライマックスの感動的なシーンではちゃんとジーンとさせてくれるのだから大したものです。

本作を象徴するシークエンスとなった無重力バトル。

予告編などでも大変印象深く、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが体を張ってスタント無しのアクションを披露するこの無重力バトル、タネは昔からよくある大きなセットをグルグル実際に回しているだけ。ただ、CG全盛のこの時代にあえてライブアクションでこのシーンを作り上げたことが逆に非常に印象深いビジュアルを生み出すことに成功している。CGでは生み出せない、現実の物理エンジンによるあらゆる小道具や衣装の動きが非常に緻密なリアリティを画面に充満している。それでいて「夢の中」っぽい不思議な感覚もあるところが素晴らしい。

ここで孤軍奮闘の大活躍をみせるアーサーを演じたジョセフ・ゴードン=レヴィットはトム・ハーディー同様の儲け役で、やはり『ライジング』でさらに儲け役を演じることになる。

ノーランらしく、肝心のヒロインであるエレン・ペイジがちっとも魅力的ではないあたりが笑ってしまうが、子どもがメンバーの中にいるようである意味微笑ましくはある。

このエレン・ペイジとディカプリオが「夢設計」の練習をするシーンも予告編などでこの映画を象徴するような名シーンなのですが、逆にこのイマジネーションが本編にまるで反映されていなかったのが非常にもったいない。

驚愕の「街ロールケーキ」


IMAXカメラで撮影したシーンなどを含めた驚異の高画質ブルーレイ『ダークナイト』に比べると、こちらのクオリティはごく普通。勿論高画質ではあるのですが、『ダークナイト』のような驚きはない。ただ、サウンドは仰天するシーンが多々有り、中でも夢の一層で突然道路に現れる列車のシーンは心底驚く。

ただ、一発ネタのように驚かせたきりこの列車はどこかに行ってしまう。

この列車に象徴されるように、結構驚きのビジュアルが様々挿入されるだけに、それがそれっきりの一発ネタなのが非常に残念なのが当時のガックリの要因だったように思います。やっぱりこれらのシーンが有機的に「危機脱出」や「新たな危機」を招いたりして欲しかった。


とは言え、そこは『スパイ大作戦』のSF版だけあって、幾層にも入り組んだ夢の世界や、それぞれの経過時間が違うことで生み出される緊迫感など、観ていて爽快感があるのも観直してみて分かりました。

あと、ディカプリオと奥さんのモルとの関係が終盤で明らかになるあたりは結構感動的で、ハンス・ジマーの音楽も相まってジーンとくるのも事実。空港のチラリズムに溢れる仲間との別れの演出も情感が漂っていて素晴らしい。

そのまま余計なことは何も語らない状態でエンディングに突入するのも潔い。


ダークナイト』の成功によるプレッシャーを実はほとんどノーランが感じていなかったんではないかと思える快作なんですよね。逆に僕なんかのように『ダークナイト』の呪縛にとらわれてしまっていたら楽しめなかったんではないでしょうか。

ライジング』での選択といい、意外にノーランは根性が座っているなあと感心しました。