男たち、野獣の輝き

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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

シネスイチ板橋プログラム10『戦火の馬』★★★1/2

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ちゃんとやらかすスピルバーグが頼もしい

予告でも美しいと溜息が出る、「塹壕の中を突っ走る馬」というアメイジングな映像。本編でもやはりため息が出るほど美しい。

今まで第二次世界大戦モノはいくつか手がけているスピルバーグですが、今回はじめて第一次世界大戦を描くということで、真のファンは当然「子供向けを装って今度はどんな地獄絵図を見せてくれるのやら」と期待ムンムンだったと思います。僕も当然そうでした。

ところが、スピルバーグは少し大人になっていたようで、(あろうことか)キチンと馬を通して第一次世界大戦という戦禍の様々な人たちを描いていく正攻法な作りにしていました。イギリスの少年→イギリス将校→ドイツ軍人→フランスの少女と祖父→ドイツ軍人→そして……という具合に、映画自体の作りも円環構造をキチンと意識して、さながら「巨匠」の風格を感じさせます。もちろんキャリア的にも年齢的にもスピルバーグは巨匠といってもまったくおかしくはないんですが、やっぱりどこか「根っこはオタク」という意識が残っているので「巨匠」呼ばわりするのはこっ恥ずかしいw

それぐらい隙のない堅牢な作りになっている映画ですが、これは恐らく脚本を共同で手がけているリチャード・カーチスの力も大きいと思います。様々なドラマを紡いでいく手法は監督作でもある『ラブ・アクチュアリー』でも実証済みですし、この作品でも流れるようにそれぞれのドラマが編まれていきます。

なので、スピルバーグは思う存分クラシカルでありながら要所要所でスピルバーグ印が炸裂する演出に徹することが出来ているのではないでしょうか。

スピルバーグの戦争映画と言えば当然『プライベート・ライアン』があるわけですけど、実はあれからもう14年も経っていて、世代は既に移り変わっているんですよね。なので、ここらでもう一発「やらかすぞ」という意識は当然あったようで、随所に安心しきった観客に冷水を浴びせるような演出を炸裂する黒さをみせてくれます。その度に安堵するのはやはりスピルバーグの昔からのファンとしては正しい鑑賞法だと思います。

例えば馬を連れて脱走した若い兄弟の兵士がたどる顛末などは、非常に美しい映像が醸し出す「お馴染みの緊張感」を充満させていますし(風車小屋の風車の使い方!)、『宇宙戦争』でも効果を発揮していた「崖の向こう」演出も再び登場。何もない崖を映し出すカットの不穏な空気の醸成はやはり凄い。


クレーンショットで一連のショットをゆっくりとつないでいくヤヌス・カミンスキーのカメラワークが盤石の安定感。最近では度々シネスコに回帰しているスピルバーグだけど、やはりカミンスキーシネスコテクニックに信頼が置けるようになっているのかもしれない。


そして、じわじわと締められた真綿をグイっと引き絞るように、いよいよ序盤で登場した馬の持ち主アルバートがいる戦場の最前線。序盤の一時間を丁寧にゆったりと美しく描いてきた上で、その登場人物が唐突に地獄のまっただ中に叩き込まれる構成は、ある意味では『プライベート・ライアン』よりも底意地が悪いといえるでしょう。「いつ誰が死んでもおかしくない空気」を作るのがお手の物であるスピルバーグ。ここでも鼻でもほじりながら演出しているような、肩の力が抜けた演出で、「血が出ないからレーティング大丈夫だよね」と言わんばかりに、お得意の「撃たれた瞬間に人形のように崩れる」描写でトーチカ攻略戦を描いていく。このシーンの活き活きとしていることよ!


あまりにも手が震えて手榴弾のピンがなかなか抜けないといった絶妙の緊張描写に遺憾なく力を見せつける。塹壕で準備をしている背後で迫撃砲が着弾すると周辺に兵士の死体がドカーンとばら撒かれるという手抜きのない演出も素敵。


とは言っても、基本的には戦場でも人間はそれぞれ「個々」に存在しており、それぞれが人間として生きているという「人間ドラマ」が基本なので、登場する様々な人々が「善」の心を行動で示したり、踏みにじられたりという部分が丁寧に描かれているのもポイント。『プライベート・ライアン』にしろ『宇宙戦争』にしろ、巨視的な俯瞰図で映画を語るのではなく、個々の登場人物たちによる主観で映画を語るのが大前提であるスピルバーグならではの映画でもあります。


映画のクライマックス、鉄条網に絡み取られ、戦場のどまんなかで動けなくなった馬のジョーイ。塹壕を挟んで敵味方のちょうど中間地点にいるジョーイを、それぞれの個人の兵士が動き出して助けだすエピソードは、ファンタジックな趣さえ感じさせる。その前段で地獄絵図をしっかり見せておいてのコレなので、常に足元に緊張感が漂いつつも、「個々」の人間であるそれぞれの兵士が特に警戒するでもなく協力しあう姿は何ともいえない余韻を味あわせてくれる。挙句にジョーイの所有権を主張して「イギリスの馬だ」「ペンチを持ってきたのは俺だ」と一旦は言い合いうが、すぐに「コインあるか」と言ってそれであっさりと決めてしまうあたりに、「理想主義」と言われてもまったく意に介さない「戦争の縮図と、それに対する明確な作者の主張」を見せてくれて僕は好きです。こんな馬鹿らしいことなんだよという。馬だけに。二人が別れ際にお互いをさり気なく「友人」と言い合うあたりは地味に感動的。


そして、物語は円環構造のもと、序盤で美しく描かれたイギリスの地に戻ってくる。


実にジョン・フォード的な柵の描写。それでもシネスコを使った見事な構図でキチンと自己主張も見せつけるスピルバーグ

地主たちを追い立てるアヒルのハロルドと、アヒル一匹に慌てふためく大人たちがおかしい。


序盤の「これぞシネスコ」という構図。ちゃんと上手にアヒルのハロルドがいれこんであるあたりが素晴らしい。


全編を極めて美しい自然描写で埋め尽くしているのもスピルバーグとしては珍しい映画。ラスト付近の夕焼けのショットなど、大画面を意識した超ワイドショットで圧倒される。馬の小さいこと!!


黄金色の草むらから幻のように現る騎馬軍。


スピルバーグには珍しく、塹壕を走るジョーイを俯瞰の斜め構図(しかも凄い速度の移動撮影)で捉えるカットなどもあって驚かされる。


中でも序盤で荒地を耕そうとするアルバートのシーンで、編み物を始めたお母さんの手元がアップになり、その毛糸がモーフィングで畑のカットに切り替わる気持ち悪い処理も非常に印象的。何かしら意図がある演出だが、それ抜きにしても「なんでそれ?!」という驚きが先に立つ。そういうのもスピルバーグにしては珍しい。


・・・

そういえば、イギリス軍将校でジョーイをアルバートから引き取る品格のありそうな紳士を演じていたのは『ソー』のロキを演じたトム・ヒドルストンという役者だったり、その友人である将校を演じているのが『シャーロック』でホームズを演じているベネディクト・カンバーバッチ(凄い名前。本名はベネディクト・ティモシー・カールトン・カンバーバッチ。一度は名乗ってみたい名前だ)だったりしてビックリ。


しかし、大画面映えする映画は実にいい。これでこそホームシアターを作った達成感を味わえる。オススメです。