超傑作『エグゼクティブ・デシジョン』をブルーレイで観ました!
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冒険映画の傑作
遂に発売された傑作『エグゼクティブ・デシジョン』国内版ブルーレイ。
リマスターなどは行われていないようで、画質のクオリティは普通。ただし、長らく一層のDVD版しかなかったので現在のHDモニター全盛の時代には十分な画質を獲得したと言えます。それよりもロスレスDTS-HDで収録されたサウンドはDVDとは比べものにならないほど向上しており、この映画の全編にみなぎるサスペンスを盛り上げてくれます。
十年前の9.11事件を経てから観ると、冒頭の自爆テロからして当時とはまるで違う緊張感が味わえます。
この映画は、テロリストの行動目的が「真のテロリズム」であることや、攻撃手段に民間航空機を選択しているなど、あまりにも9.11との類似性が多い作品です。そして、この映画の他の「この手の映画」と一線を画している部分もこの二点なのも事実。
しかし、この映画をそういった側面で語るのはナンセンス。
この映画は近年稀な「冒険映画」の傑作であり、サスペンス映画のお手本のような作品として語られるべきです。
1.冒険映画としての側面
《主人公が普段の生活からかけ離れた事態に巻き込まれ、その中で成長する》
これが古来からある『冒険もの』の骨格です。
小説の世界では馴染み深いプロットで、映画にも古くから多く存在していますが、『近代冒険映画』の革新的な作品といえばやはり1988年製作の名作『ダイ・ハード』になると思います。
『ダイ・ハード』はアクション映画としてのスタイルを持ちながら、古来から続く『冒険映画』としての骨格を導入することで至高のエンターテインメントに到達しました。ディザスター映画の持っていた、「非日常的な状況に巻き込まれた人々」というモチーフを換骨奪胎し、《ひとりの主人公が普段の生活からかけ離れた事態に巻き込まれ、その中で成長する》スタイルに切り替えている点が革新的だったのです。
『ダイ・ハード』以降、この手のスタイルの作品は多数作られましたが、そんな中で登場したのがスティーブン・セガールの『沈黙の戦艦』です。
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「ビル」「空港」とパニック映画の舞台を意識的に踏襲してきた『ダイ・ハード』シリーズが、当然次の舞台として候補にしていた「船」をちゃっかり先取りしたいかにもな企画の作品でありながら、この作品では新しく「主人公が助けた仲間と協力」して事態に当たるというスタイルを持ち込みました。これはセガールがあまりにも強すぎるキャラクターであるがゆえに実に効果的に作用しており、「この手の」作品の中では珍しい成功を収め、『ダイ・ハード』の三作目を頓挫させることになります。
この「チームプレイ」のスタイルは「この手の」作品の名手であるアリステア・マクリーンの専売特許でもあります(もっと言えば「単独の主人公が活躍する作品」も彼の作品には傑作が多い)。
そして、何とか作られた『ダイ・ハード3』がまるで勘違いした作品になってしまった事で、自らこのスタイルに終止符を打ったかのように思われた矢先に登場したのがこの『エグゼクティブ・デシジョン』だったわけです。
残された舞台としてはもっとも難しいと思われる『航空機』が舞台に選ばれ、主人公はテロリストの専門とはいえ『分析』がメインのデスクワーカーであることがポイント。このスタイルはトム・クランシー原作でジョン・マクティアナン監督による『レッド・オクトーバーを追え!』を踏襲しています(マクティアナン監督は『ダイ・ハード』と『レッド・オクトーバーを追え!』で続けて冒険映画の傑作を作っているんですね)。
パーティーの途中で呼び出された主人公デビッド・グラントは、タキシードのままあれよあれよと「非日常の事態」に巻き込まれていきます。まさに『冒険映画』。そして、この映画は中盤のとんでもない展開を経て、アリステア・マクリーンの得意としていた『チームプレイ』で展開していくのです。
普通ならすぐに死んでしまうであろう特殊部隊の隊員たち一人一人に見せ場が用意されているだけでなく、勇敢で機転のきくスチュワーデスや乗客として乗っている連邦警察の人間、そして技術畑の職員まで、普通の映画なら脇役として存在するキャラクター全員が生き生きと活躍する展開に胸が躍る。
2.サスペンス映画としての側面
『ダイ・ハード』からのスタイルを踏襲していながら、この映画はアクション映画ではなく「サスペンス映画」として作られています。
図らずも翌年作られた『エアフォース・ワン』が飛行機を舞台にして『ダイ・ハード』スタイルにしたら案の定大失敗しており、この映画が「サスペンス映画」として作られたことは正しい判断だった事を証明しています。
「サスペンス映画」とは何かといえば、極端な話し「どんどん風船が膨らんでいって最後の最後に爆発する」だけです。「アクション映画」は常に風船がパンパン破裂しているわけです。「サスペンス映画」はどんどん風船が膨らんで巨大な風船になっていくのをハラハラして楽しむのがスタイルなのですが、この映画は恐ろしいほどこの「膨らんでいく」過程を見事に描いています。
そして、このサスペンスこそこの映画を傑作にしている最大の要因と断言できます。
常に「もう一押し」あるのが、この映画のサスペンスの素晴らしいところで、例えば「乗客名簿」に連邦警察の名前が載っているのに気付いた客室乗務員がそれをゴミ箱に捨てようとするシーン。ゴミ箱に捨てようとした乗務員が「これではまずい」と思いとどまり、咄嗟に雑誌の間に挟み込む。テロリストの首謀者がすぐに乗客名簿がなくなっていることに気づくと、当然のようにゴミ箱を確認する。こういったディティールの積み重ねが常に行われる。
また、扉一枚、床や天井一枚を隔てただけの空間で行動する特殊部隊の面々が常に「ひそひそ声」で会話をするのがサスペンスを醸造させる。このひそひそ声の効果は絶大で、観ている方もその声に注意を促され、それによって映画に引き込まれ、登場人物たちと一体化し、当然緊張感を共有することになる。
とどめが、「爆弾」である。
爆弾映画には傑作が多いという例に漏れず、この映画の爆弾と、それに対するアプローチは、古今東西の『爆弾映画』の中でも飛び抜けて素晴らしい。この映画ではサブプロットに過ぎないギミックながら、全編を貫くマクガフィンとして異様な存在感を放っている。その二重三重に張り巡らされたトラップと、それに立ち向かうのが「巻き込まれた」もう一人の主人公である技術屋ケイヒルと脛骨をやられて身動きがとれなくなった爆弾処理係のコンビというのが頭抜けたアイデア。
これらによってどんどん膨らんだ風船が最後に炸裂するクライマックスの盛り上がりは凄まじく、何度観ても声が出てしまうほどです。
「冒険映画」として大切な主人公の成長も見事な円環構造で処理されており、『ダイ・ハード』同様日常へ回帰していく気持ちのいいエンディングを経て映画は幕を閉じる。
まだまだこの映画の素晴らしさをちっとも語りつくせていませんが、とにかく知名度の低い傑作だけに、今回のブルーレイ化によってどんどんできるだけ多くの人に観てもらいたいと願っています。