男たち、野獣の輝き

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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

シネスコ青春映画『桐島、部活やめるってよ』★★★1/2

武文役の前野朋哉ってゴカンイエローだったのか!

上映が始まる瞬間、スクリーンが横にググググ……っと広がる瞬間。「おお、映画始まるぞ」という快感がそこにはあります。僕はシネスコ原理主義者なので、シネマスコープサイズというだけでその映画の評価は1つあがります。が映画を観始めた80年代というのは、邦画はほとんどビスタサイズでした。90年代に入ってから、一部の映画監督がシネスコで撮り始めたとはいえ、いまだに邦画でシネスコサイズは珍しい部類だと思います。

今回の『桐島、部活やめるってよ』が始まった瞬間、スクリーンが横にググググ……

一気にテンションが上ったのは言うまでもありません。邦画で、しかもジャンルとしては青春映画なのに、シネスコですよ!

しかも、開幕早々「金曜日」のテロップが表示され、1シークエンスが終わると、再び「金曜日」とテロップが。

「まさか」

と思いきや、これまた僕の好みである、同じ時間軸をパラレルな視点で描く手法なんですよ。

これはもう個人的な趣味としか言いようが無いのですが、とにかく僕はこういう「語り口」が何よりも好物。

というわけで、好みの手法が二つ使われているだけでも評価はグンとあがるのですが、それだけで終わらないのがこの映画の素晴らしいところでした。そういった手法が、ただたんに奇を衒ったものに終わらず、キチンとこの映画の語り口として機能している点が見事。

他にも映画的な手法が随所に効果を発揮していて、中でも「ノンモン(無音)」の使い方が見事な心象表現として機能していたのも美しかった。前の席の男の子に思いを寄せる吹奏楽部の部長が、彼の目線を追って同じように窓外を眺める場面(シネスコの横長画面を使い切っている)、そこで静かにSEが外されていき、彼女の気持ちだけに観客の気持ちが重なっていく。映像の大きさや派手な音響も映画館での醍醐味ですが、「無音」の環境を観客が体感できるのも実は映画館だけの特徴。(無粋なことを言えばテレビでは長時間の無音は放送事故だと思われるのでやろうと思ってもできない)

本編では言及されないし、セリフも標準語なのですが、舞台は高知県の高校になっています。原作を半分ぐらい読んだ限りでは方言が使われているので、映画ではあえてローカルなイメージを特定しないよう配慮しているようです。この映画では群像劇として普遍的な青春を扱っていますから、そういった特色は外してもいいかもしれません。ただ、「田舎映画」好きとしては、カメラに映り込んでしまう田舎の空気や、実際に使われている学校の校舎などから醸し出される、神々しいまでの青春の匂いがたまりませんでした。

山下敦弘監督の『リンダリンダリンダ』にもそういうロケーションによる効果がまざまざとフィルムに刻まれていて大変好みでしたが、この作品も負けていません。

また、放課後特有のまさに「学生だけの特権」とも言うべき魅惑的な時間帯の描写も飛び抜けて美しく、映画部の前田が何度も繰り返す「夕陽」の時間帯をビジュアルでも非常に効果をあげていました。いわゆる「マジックアワー」がそれですね。文字通り魔法のように魅力的な時間帯。撮影は近藤龍人山下敦弘監督とよく組んでいる人ですね(先の『リンダリンダリンダ』には不参加)。

何度も繰り返す金曜日の最後では、塾などの時間帯である「魔の時間帯」=日没後も映画特有の黒を活かした画作りで魅せてくれます。個人的にあの夜の描写も強く心に残りました。ユーレイ部員の弘樹が野球部のキャプテンの素振りを目撃するシーンなども素晴らしい。

塾とかにほとんど行った経験がないんですが、あの時間帯の憂鬱な感覚がビジュアルから伝わってきますものw

僕なんかは夜になると映画を観始めるので、子供の頃から今でもまさに「ゴールデンタイム」だったりするんですが……


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登場人物たちがとにかく魅力的に描かれているのも特筆すべきところ。原作が様々な生徒を描いたオムニバスであることもありますが、一本の映画にしては明らかに多い登場人物を、ここまでキチンと描きわけて、かつドラマチックに緻密に錯綜させていく作劇は唸りたくなるほど巧い。しかも、この映画パラレルな語り口でありながら、原作のようにそれぞれが一人称になっているわけでもない。それぞれの角度でそれぞれの登場人物が別の役割を演じており、あくまでも群像劇としてのスタイルなんですね。主観的な視点はある程度統一してはいるんですが、これはなかなか計算し尽くした構成だと思います。

前半部分はパラレル手法で描かれた時間軸は、中盤から一つにまとまっていきます。「同じ場所にいながら一見交わることのない人間関係」というパラドキシカルな「学校生活」そのものが、「実際には同じ場所のそれぞれが相関しているコミニティー」なんだという作劇上のテーマとシンクロしていて非常に気持ちがいい。

クライマックスで「屋上」という学校映画には欠かすことのできない聖域に集約していくのも、それぞれの登場人物がしっかりと描かれているからこそ得られるカタルシスに満ちています。まあ、そこは前田の撮影しているゾンビ映画という側面という別方向からのカタルシスもあるんですけども。


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序盤で提示される進路調査が端的に表しているように、登場人物たちは全員「将来に対する不安」を胸に抱いている。「桐島」が部活をやめるという「アクション」で、その不安に対して先陣を切るのは、それぞれの登場人物がこの映画でその「不安」に対してどういう行動を起こすのかという象徴になっています。そして、それが作劇上でもキチンとその行動が物語に波紋を引き起こす仕組みになっているのは感心しました。よくある戯曲みたいに、婉曲な象徴的存在みたいなつまらないものになっておらず、万事が「桐島」という登場しない人物を軸に展開していくからです。

その登場人物たちに対する鏡のような存在が「映画部」

この映画部の面々は基本的に「桐島」とは作劇上の関係は希薄で、同時進行で描かれているから混同しそうになるけれども、物語は「桐島」絡みのグループと「映画部」の対立構造になっているんですね。だからこそ、クライマックスの構造が文字通り「全面戦争」の様相を呈するのが面白い。そして、その先にある「対話」が心にガツンと響く。


この映画部の2年生前田と武文の二人組がやたらとリアルで面白いんですねえ。『SUPER8』なんかだと「結局お前彼女できてんじゃん」という僻みが介入するんですが、こいつらはそんな余地も無いほどあっぱれな「映画バカ」。あくまでも脇役として登場する「映画部」の後輩たちも、気味が悪いほどそれっぽい。そいつらにも「桐島」組ぐらいのドラマは用意してやれよと思わなくはないけど、やっぱりあいつらにはそんなものが必要がない。なぜなら「映画」が奴らにはあるからだ。僕にはそれが嫌というほど分かる。映画観るのに忙しいんだから、恋愛とかそんな余地あるかっていう。ははは。一応主要人物のひとりという足かせから、前田には思いを寄せる相手がいたり、そこはかとないロマンスや、それが打ちのめされる青春劇が用意されているものの、相棒である武文君は立派! 微塵もないw トイレで洗った手を服で拭い、「おっまちー」という挨拶、それを茶化されても「そうやって笑ってろ」と(聞こえないところで)呟くタフさが頼もしい。
顧問の先生に「血はダメだ」とゾンビ映画には致命的とも言える駄目だしを食らって落ち込む情けない前田に、「俺たち結構楽しんでるぜ」と叱咤激励する武文。もうこれだけで僕はこの映画を愛せる。その後前田が憚りもなく抱きつく場面では完全に気持ちは同じだったもの。
そんな名脇役武文を演じたのは前野朋哉さん。なんと現在26才! 劇中ずっと「こんな高校生いるよ!!」と思っていたぐらいの名演技。僕も高校生の頃にはバイト先で「店長」というあだ名をつけられるほど老けていたので。
自分も当時、見た目が40代だったから、「実際に40代になったら逆に若く見られるんじゃないのか!?」と淡い期待をしていたもんです。実際にはそのままスライドして「60代にしか見えない」という、神の悪戯心の無さに弄ばれている始末。まあ、まったく関係ない話ですが。

そういえば、顧問の先生も最高でした。いうことなす事「あるある」ばかり。

「テーマは自分の半径○メートル」とか、ホントうるさいw もうあんなの100%間違ってるからw

「血がダメ」とか阿呆かとw そんなんだから、前田が「自分のやりたいものを作る」って宣言するさまに燃えるし、クライマックスの千切った腕の「指を噛み切る」という『死霊のえじき』に対するオマージュに熱くなるんですよね。この「青春映画でシネスコスプラッター」なクライマックスは個人的な想いの巨大さもあって、涙が出そうでしたよ。

あと、あの「隕石」ね。一発ギャグかと思ったら、まさかのマクガフィンとして機能するのも最高。あれを蹴られて怒るか怒らないかっていうのは、その後の人生を大きく左右する。あそこでちゃんと怒れる前田は素晴らしいし、だからこそ「桐島組」の面々が拒絶反応を起こす。あいつらは事なかれ主義の日和見主義ばかりだから、あそこでは「怒れない」んですよ。だからちゃんと怒れるまっとうな前田や映画部の連中に対して烈火のごとく拒絶反応を起こす。表面上は「学校内のカースト」という図式ですけど、本質的にはそういう「正常な反応や行動」を起こせる人間と起こせない人間との対立構造だと僕は思いました。


繰り返しになりますが、だからこそ直後の「対話」のシーンが泣けるんですよね。


僕の座右の銘は、荻昌弘さんが『ロッキー1』の放送の時に解説していた「人間するかしないかの分かれ道で、するという方を選んだ勇気ある人々の物語です」ってのなんですが、この映画も結局そういう事を描いている映画だと思いますよ。だからこそすでに「名作」という気持ちもあります。


オススメです。


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ああ、そういえば野球部のキャプテン最高でした。高橋周平さんという人ですが、見た目もキャラもまるで山下敦弘監督作品から抜け出してきたような人ですが、このキャラにぴったりなんですよね。

とにかく人間はひとりではなかなか成長できない。そういう意味でも実にまっとうな「青春映画」だったんではないでしょうか。



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