男たち、野獣の輝き

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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

シネスイチ板橋プログラム16『めまい』

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色んな意味でヒッチコックの力量を見せつける作品

ビデオを購入して初期の頃に『サイコ』を録画した僕は、それこそ猿のように毎日観ていたものです。ですから小学生の頃からヒッチコックの大ファンだったわけですが、この『めまい』だけはかなり戸惑った覚えがあります。正直言うと「退屈」でした。ソウル・バスの有名なオープニングも、その絶妙な効果のせいかやたらと催眠効果があったのも原因の一つかもしれませんw


作品全体のビジュアルスタイルを完璧に表現している傑作オープニング。バーナード・ハーマンの音楽も恐ろしく印象に残る。スーパークールなオープニングだが、子供の頃は眠くなったw


ところが、今回大人になって(それもかなりの大人だ)観直してみると、これがなんとも濃厚なヒッチコック汁が凝縮された作品であることが分かり、かなりショックでした。それも子供の頃にはとても理解できない類の。

まずその強烈な色彩デザイン。それぞれのパートを「赤」「青」「黄」「緑」などなど極彩色のカラーで統一したそれは圧巻の一言。


レストランのシーンでの「赤」

どのシーンで、その色がどういった効果をあげているかはおいておいて、とにかくやたらとビジュアルが美しい。もともとヒッチコックは1カット1カットをキッチリと計算して作り上げていくタイプの監督ですが、ここまで絵画のように美しい映像が全編を覆い尽くしている作品はない。他の作品ではシーンの演出効果に基づいた計算であるのに対して(もちろんこの作品でもそういう効果に基づいているのは間違いないのだが)この『めまい』では明らかにビスタビジョンによるハイクオリティなフォーマットを使えることがヒッチコックの芸術家としての魂を刺激してしまっているかのようです。


有名な夢のシーン。

ジェームズ・スチュワート演じるスコティが神経衰弱に陥ってみる夢は、サイケデリックでこれまた異様なテイスト。ジェームズ・スチュワートの顔だけのアップとか、今観ると笑ってしまいますが、落ちていく影のビジュアルなどはやはり超クール。


こちらも有名なカット。緑のカラーの中に亡霊のように現れるキム・ノヴァクが美しい。

このシーンでも、僕が大好きな「扉」が効果的に使われています。『サイコ』でもクライマックスで「開け放たれたドアの向こうの空間」が異様に怖かったように、ここでは閉じた扉の向こうにいるキム・ノヴァクジェームズ・スチュワートがドキドキと待ち焦がれるのですが、なんと次のカットで「扉」を開けるショットもなく「すり抜けてきた」ように現れるのです。この効果は素晴らしい。


緑の中でシルエットになるキム・ノヴァク

色彩空間の中にシルエットで処理される人物ほど美しいものはない。しかも、カメラはこのシルエットを移動撮影で捉える。

他にも抱きあう二人の周りをグルグルとカメラが回る、デ・パルマが後に何度も模倣する演出もこの作品からである。しかも、この映画では1カットのグルグルカットなのに、別のセットが背景に紛れ込んでいたりして、まさに「めまい」を起こしているような酩酊感を味わえる。


「めまい」と言えばあまりにも有名な逆ズームショット。ジェームズ・スチュワートが高所恐怖症によっておこる「めまい」を映像で表現した、恐らく映画史上最も有名な発明ではないでしょうか。原理はズームレンズを使って横倒しにしたセットのミニチュアにカメラを寄せながらズームバックするだけ。「動画」という映画でしか絶対に再現できない効果だ。なので、この写真ではまったく効果は味わえないw

一番有名なパクリは『ジョーズ』で第二の犠牲者が出た時のブロディ署長に寄っていくカットでしょう。スピルバーグは『E.T.』でも崖の上から街を捉えたショットで使い、なんとこの逆ズームを往復でやるという離れ業をみせてくれます。


・・・


映像自体のパワーも凄いのですが、ヒッチコックの女嫌いの側面がモロに出ているのも特徴です。

まあ、ヒッチコックも女性にモテるわけはなく、相当嫌な思いをしているのでしょう。そのクセ金髪美女ばかりを登場させるというコンプレックス丸出しなのも彼の映画の特徴。後半、ジェームズ・スチュワートキム・ノヴァクを死んだ人間ソックリにしようとするくだりは強烈な気持ち悪さ。完全に女優をマネキン扱いにしているヒッチコックの特色がおもいっきり表に出てしまっています。

そして、お約束の「メガネ女」に対する扱いもかなり酷い。この作品でもジェームズ・スチュワートの元カノとして登場するメガネ女に対してこんなアングルを使ったりする。


腹の中では色んな事考えてますよっていう心理状態をアングル一発で表現するヒッチコックはやっぱり天才。


また、この映画では「ストーリーテリング」を放棄している節も多々みられるのが興味深い。もともとヒッチコックは映画技法を駆使してストーリーを語る名手なわけですが、やはり「ストーリー」に従属することをよしとしない突っ張った考えも当然あったようで、この作品にはそれが割りと明確に出ていると思います。

そもそも、一応「妻殺しの夫」的なストーリーがあるんですけど、ものすごく唐突に挿入されますし、それをキム・ノヴァクがインナーヴォイスでしゃべって済ませるという、ミステリーにあるまじき無粋さ。こういったところからも分かるように、ヒッチコックがそんなことにまるで興味が無いことを前面に押し出しているんですね。そのせいで逆説的に「まるで先が読めない」というトリッキーなサスペンス効果が生まれています。僕も子供の頃とはいえ一度観ているのに、「この映画これからどうなるんだ?」とまったく予測がつかない始末。

なので、ラストのぶった斬りかたなんかは衝撃的でした。ヒッチコックの映画はほとんどが「スパッ」と見事にそれ以上無い部分で終わるのですが、この映画は中でも強烈。エピローグなんて全然描く気がない。あの余韻はなかなか他の映画では味わえない。


結論から言うとかなり「堪能」してしまったわけですが、やはり「普通の映画」じゃないのも事実で、これを人に勧めるかと問われれば間違い無く「いや、ヒッチコックなら他の映画で」となるでしょう。でも、映画監督の選ぶベストとかでは大抵ヒッチコックならこの『めまい』っていうのもすごく分かる気がします。


「映画」でしか描けない作品という意味では間違いなくトップラクスの作品であることは間違いない。



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