男たち、野獣の輝き

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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

『ゼロ・ダーク・サーティー』★★★1/2

キャサリン・ビグローがやっとまともな作品を撮った

僕はキャサリン・ビグロー監督との相性が悪く、アカデミー賞を受賞した『ハート・ロッカー』なんて大嫌いだったりします。初期の『ニア・ダーク』なんかは好きですが、あれもどちらかというとエリック・レッドの脚本ありきという気もしますし、過剰なスタイリッシュさが合っていたとも思います。

なので、今回脚本も『ハート・ロッカー』のマーク・ボールということで、ほとんど観る気もなかった起きなかったような状態でした。ただ、予告編から漂ってくる「これは、ひょっとしたら」という気配を無視するわけにもいかず、また「映画は観てみないと絶対に分からない」という事もあるので今日観に行って来ました。

これが大正解。危なくこの傑作を見逃すところでした。

フレンチ・コネクション』をフリードキン監督は「主人公のドイルはシャルニエを捉えるという行動に執着しのめり込んでいき取り憑かれていく。それが興味深かった」と解説していました。まさに、僕もそういった「何かに取り憑かれてしまう」題材が大好きです。そのテの映画の主人公は執着しているだけに何かにつけてネチネチと細かいことにこだわり、映画自体もそういった事をネチネチと描いていくからです。そういった描写をネチネチと重ねていく映画は大変面白い。例えば『太陽を盗んだ男』なんて最たるもの。原爆製造に取り憑かれた主人公は結局それで何をしたいか分からないという皮肉。そして、原爆製造の描写は微に入り細を穿つ粘着ぶり。『フレンチ・コネクション』でもカーチェイスや尾行に到るまで異常なまでにディティールを積み重ねていく粘着した描写が冴え渡っていました。究極が隠された麻薬を探すために車を徹底的に分解していくシークエンス。

閑話休題

オサマ・ビンラディンを10年間追跡し続けた主人公を描いた今回の作品は、まさにそういった「取り憑かれた」主人公を描いている作品であり、実際にはビンラディ殺害という実話に基づいた目的や、9.11に始まる世界的なテロの恐怖といった表面的な部分は企画を通すための方便にさえ思えてしまうほどでした。実際作品の中でのビンラディンの扱い方はヒッチコックでいうところのマクガフィンに徹しており、死体の直接描写すらご丁寧に省かれている。この映画では彼の存在はまさに主人公の「取り憑かれる」ための小道具に過ぎない。登場人物たちの私生活などを一切描いていない点も好みであり、そういった枝葉を刈り取っている点も「取り憑かれる」動機づけを意図的に希薄にしている。一応途中に同僚が爆弾テロで殺されるシークエンスがあるが、もちろん主人公はそこから「取り憑かれ」ているわけでもなく、映画の始まりから徐々にその偏執が描かれている。

主人公の執念に巻き込まれていくように、地元の捜査員たちによる捜索シークエンスも粘着質に描かれていく。中でも連絡員が持っている電話の電波を辿ってジワジワとその連絡員を見つけ出そうとするシーンは絶品。探知の数字を読み上げながら電波の強弱でその対象にジワジワと近づいていくシーンの積み重ね方は実に燃える。演じる役者たちも顔面に説得力がありすぎるのが実に良い。

そして、CIAという組織が主人公の執念に対してシステマチックに描かれている点も興味深く、政治的な思惑やステータスの向上や失態のデメリットなどの駆け引きを描きつつも、どういうわけか主人公の狂気にも似た執着に感化され、いつのまにか作戦が決行に移されているように作劇されているところが実に面白い。これがキチンとした政治的な背景や、それこそビンラディン暗殺をメインに描くことが目的の映画であれば、あまりにもご都合主義もしくは説明不足といっていい脚本だが、一人の人間の執着に周りのシステムが巻き込まれ歯車が狂っていく状況を描いているとするなら、コレ以上的確な脚本もないだろうと思える。

実際に世界同時多発テロなどの紛争にしろ何にしろ、究極はどこかの誰かという「個人」の狂気が波紋効果のようにしてリヴァイアサンとなっているのではないかとも思えるので、そういうアプローチとして捉えるというのも個人的には面白かった。

もっとも、この映画の真骨頂はやはりクライマックスのリアルタイムで展開するビンラディン襲撃シークエンスだろう。「ミリタリーオタク」として元夫であるキャメロンと並ぶビグローが、いつものカッコつけた超スローモーションなどを封印し、徹底的にリアリズム溢れる描写で描いているこの30分はとにかく燃える。そこに至る2時間を使ってジワジワジワジワと引き絞った弓が放たれるカタルシスは相当なものだ。ここでもサスペンスフルな音楽を重ねていくような無粋な事をしないのも大正解。突然始まる銃撃に関しても空恐ろしいほどタイミングがずば抜けて巧く、緊張感を煽る。乾いたそれでいて鋭い音響効果も抜群だ。

遡って、劇中何度か登場する爆弾テロのシーンでも、イチイチ爆発のタイミングや音響の描写が上手くいっているのも特筆モノ。最近の映画でこれだけビクっとさせてくれる映画は久しぶりだった。

中でもレストランで主人公が同僚と食事をしているシーンでの爆発は全く予期せぬタイミングを演出のミスディレクションが巧く作用している名シーン。ただ大きい音をだせば驚くのは当たり前だが、下手に予兆を匂わせる下手くそな演出が横行している現在のハリウッド映画ではこれは貴重。


リアリスティックに徹した演出や描写が続く本編だが、序盤で水を与えられた捕虜の流す涙や、ラストで主人公が流す涙などの意味深なセンチメンタリズムも過不足無く作品の質を向上しているようにも思える。


間違いなくビグローの最高傑作だと思うし、『ハート・ロッカー』がダメだった人にも是非オススメしたい作品。