男たち、野獣の輝き

旧映画ブログです。

Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

『マン・オブ・スティール』★★★1/2

ファオラ=ウルを愛でる映画

正直ほとんど期待しないで観に行ったんですが、申し訳なくなるぐらい楽しんでしまいました。

リチャード・ドナー版の『スーパーマン』は日曜洋画劇場で放送されたものを何度も何度も観ているぐらい大好きな映画なんですが、クリストファー・ノーランザック・スナイダーが目指している方向性はまるっきり違うので、それだけは観る前から気にしないように心がけました。

果たしてドナー版のスーパーマンとはまるっきり違う、リアリスティックな作劇の作品になっています。とはいえ、ノーランが『ダークナイト』で目指していた「現実世界にバットマンが存在したら?」というアプローチの中にザック・スナイダーが入り込んでいるので、そのあたりのミックス感は映画としては巧くいっているとは言えません。

ただし、ボク個人としてはそういった違和感はほとんど気にならず、純粋に現実世界にスーパーマンがいたらこんなになっちゃうんだろうという楽しさを存分に味わってしまいました。そこら辺りも「しまった!」という感じでw


序盤はドナー版同様(原作同様?)滅びいくクリプトン星から始まり、なんとラッセル・クロウ演じるジョー・エルがあれこれとアクションしたりする大活躍。このあたりから実はかなり引きこまれていまして、本編の中でもラッセル・クロウが実にかっこいいんですよ。

地球でのスーパーマンの育ての親になるケヴィン・コスナーダイアン・レインも何とも言えずいい味出しています。アメコミ映画に大スターを起用するという現在まで脈々と受け継がれるドナー版でのアイデアがキチンと意味があるんだなと納得させられます。フィクションという世界を頑強に補強するパワーがあるんですよねえ。向こうのベテラン俳優さんとかスターは。これは芝居がうまいとかとは別の話で。

前半部分は意外なことに、フラッシュバック方式でクラーク・ケントの自分探しのくだりを描写していくんですが、巧く言っているかどうかは微妙。個人的にはドナー版のように少年時代から青年時代をじっくりとゆったり描いて欲しかった。それこそ「アメリカ」という国の象徴としてのスーパーマンを描くには重要だと思うわけです。ただ先述したように、そういった事にはあまり興味が無いらしいw そもそもノーランもアメリカ人じゃないしね。

加えて昨今の作劇でいえば、序盤からスーパーマンの超人的活躍を描写するにはこういう作劇しかなかったのかなあとも思います。ラグビーボールをすんげえ勢いで蹴り飛ばすとか、変なモーションで列車と競争するのは許されない時代なのかもしれません。寂しい。

とは言え、この前半部分も実は結構楽しんでしまい、ハンス・ジマーの音楽と相まって妙にグッと来ちゃってるんですよねえ。

そんなんだから、後半部分もスナイダー節全開となる「スーパーマン大暴れ」のくだりになると、完全に没入しちゃってて、アメリカ映画史上最速最大とも言える肉弾戦に燃えまくりなんですよ。

スナイダーが日本のアニメなどを一生懸命参考にしていることはよく分かりますが、個人的に編集によって「時間を削る」日本のアニメや漫画が生み出す「スピード感」というのは、「画面の中で実際に早く動いているだけでは超えられない壁」があります。スナイダー版はいくつか肉薄する演出や描写が光っていて、「惜しい!」という感想でしょうか。ともあれ、アメコミ映画では『スパイダーマン2』の列車アクションに匹敵するぐらいの「削り感」はあったと思います。
そして、それ以上に圧巻なのはやはり力押しとも言える「全速力」感ですね。

特にゾッド将軍の女副官ファオラが部下を引き連れて現れてからの三つ巴の戦いは最高。

さっきからこのファオラの写真ばっかりあげていることからも分かるように、結局ボクはこのファオラにぞっこん惚れ込んでしまったんですねw

なので、要するにこのファオラを観ているだけで十分すぎるほど元が取れる映画なのでした。

また、この無敵のファオラ様にボロクソにされてもくじけずにナイフで立ち向かう大佐が素晴らしく美味しい。

この二人、終盤でも「友」と書いて「ライバル」と言いたいぐらい絶妙の展開をみせてくれるんですよ。

実際には全然相手にされていないにも関わらず、戦士としてのおメガネにかなっちゃった大佐との何とも言えない空気に萌え萌えでした。

スピンオフでいいからこのふたりが地球で日常生活を送るようなのを観てみたい!

完全にドラゴンボールクリリンと18号的な萌えですな。


微妙に話がずれてしまいましたが、ノーランの生真面目とも言える「リアリスティック」に対するこだわりと、スナイダーのはっちゃけっぷりが妙な化学反応を生み出しているのは確かで、ここまで「人間」に気を使わないで無茶苦茶しまくるアメコミヒーローってのはある意味痛快でしたよ。アメコミヒーローって基本的に市井の人を助けてなんぼなのに、この映画のスーパーマンはロイスぐらいしか助けなくて、個人的には「それでもいいよ」とw

いやあ、やっぱり遠慮しない映画ってのは楽しいですよ。配慮がなくてw


ちなみにC.J.ことマイケル・ケリーも編集者役という役不足な使われ方でしたが、いい味だしているのは相変わらずだったことを報告しておきます。