男たち、野獣の輝き

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Beauty Devaisethのファイナル・ファンタジー14新生エオルゼア奮闘記

スティーヴン・キング読破計画第二弾『クージョ』

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スティーヴン・キング
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災の巣

スティーヴン・キングの長編第9作。

アリゲーター』で(ジョン・セイルズのシナリオがあったにせよ)動物パニック物の中では数少ない秀作を作ったルイス・ティーグ監督が、今度は「犬」を題材にした動物パニック物を作ったんだな……というのが映画版『クジョー』(ちょっとだけタイトルが違うので映画版と原作の区別が付けやすい)に対しての僕の最初の予備知識でした。日本の公開が1984年4月ということなので、僕はちょうど中学生になりたてだったはずです。当時『アリゲーター』をゴールデン洋画劇場で観ていたので密かに期待していたのですが、クラスの誰かが「男の人が襲われる所で心臓が飛び出るぐらいびっくりした」と興奮気味に話していたのを聴くや、すっかりビビってしまって結局劇場へは行きませんでした。当時の僕はまだ怖い映画が大の苦手だったのです。

という訳で結局何年後かの月曜ロードショーで観たのですが、前半の浮気関係のめんどくさい(子どもにはどうでもいいんですよ)エピソードが冗長に感じられて、あまりいい印象が残っていません。ビデオに録画したのも一度も見返さぬまま上書きしてしまいましたし。ただ、ディー・ウォーレスが好きだったので、「相変わらずついてない女が似合うなあ」と感心したのは覚えています。

そしてキングの原作です。

もちろんスティーヴン・キングが原作と言うことは当時から知っていましたし、高校生の頃に『シャイニング』や『呪われた町』を読んでハマっていたときも何度も本屋さんで手に取りました。あの表紙や、いきなり心を掴まれる書き出しなどは何度も見ているわけです。

ところが、結局読まなかった。結婚した奥さんがなぜか持っていたものの、奥さんも結局読んでいないw

本の方から僕らを避けているんじゃないかとすら思えましたので、今回の読破計画ではその負の連鎖を(勝手に負にしているのはお前だが)断ち切るためにあえて途中の長編をとばして『キャリー』に続く第二弾として読みました。

結論から言うとむちゃくちゃ面白かった。

これには3つ理由があります。

1.キャラクター描写の素晴らしさ

自分がおとなになったからなのか、子どもの頃なら退屈したであろう『浮気問題』や『夫の業務問題』、クージョの飼い主である一家の問題、などなどが退屈どころか非常に興味深く読めたこと。キングのキャラクター描写のリアリティが本当に「心」で理解できた気がします。ぐっと怒りを抑える描写や、フとしたキッカケで息子に切れてしまう母親、そして極限状態に陥る主人公ドナの母親や女性としての葛藤などなど、どれも僕の気持ちとキチンとシンクロしてくれるんですね。子どもの頃は見せ場の前のダレ場ぐらいにしか考えられなかったシークエンスの数々がキチンと機能している事に驚きを覚えました。

2.ミニマムな極限状況

狂犬病の犬によってエンストした車に閉じ込められた母子のサバイバル』。この小説のプロットはまさにコレだけ。キングの中編短編によくあるように、プロットだけで十分面白い作品ですし、事実その部分だけを抽出すればちょうど中編ぐらいの分量です。そして、そのシンプルなプロットを真綿を締めるようにジワジワと極限状況にしていく工夫が最高に素晴らしい。カットバックで描かれる様々なドラマが、どれもこれも「エンストした車に閉じ込められた母子」に助けが及ばないよう雁字搦めな迫真性をもって構成されており、どれもこれも読んでいるものに焦燥感を抱かせるに十分な現実性を持っている。ほんのちょっと、あとちょっと普通に機能していれば助かりそうな「日常」が、実はほんのちょっと、あとちょっとの事でまったく機能しない脆いものであることを見事に浮き彫りにする。そして、コアであるエンストした車が立ち往生している舞台においても、微に入り細を穿つ現実的な危機がジワジワと襲ってくる。真夏の日差しが生み出す温室効果とそれによる脱水症状、クージョによる直接的攻撃と姿を見せない恐怖、この二つが絶え間なく繰り返される。あえてシチュエーションに対しての打開策や、それに対しての失敗という定番のバリエーションをほとんど廃して、シンプルな恐怖が本当に絶え間なく繰り返される悪夢感覚が絶品。そして、言うまでもなくそれをもたせる筆力。

3.災の象徴

クージョが「災いの象徴」であり、いわゆる「モンスター」であることは明白ですが、この小説が素晴らしいのは他の動物パニック物と違って、クージョ自身が縄張りから離れないということです。「そこにやってきてしまった」という状況が非常に好みです。終盤でも書かれるように、クージョ自身も病気に罹ってしまっただけでまったく罪はないし、母子もただ単に車の修理に来ただけ。誰も何も悪くないのに、たまたま「災の巣」にやってきたがために地獄に落とされる不条理さ。まさにホラーだと僕は思います。そこに冒険的な要素はまったく入り込む余地がないし、ロマンチックな要素も皆無。このたまらない厭〜な感じは、僕が個人的にホラーに求めている上位にくるものだ。


・・・

個人的に「まったく脈絡なく襲ってくる災が日常を崩壊させる」というテーマを最近探求しているので(キングを読もうと思ったのもそれが理由の一つ)、この『クージョ』はまさに大当たりだったわけです。
初期のキング作品が「使い古されたモチーフの再生産」であることは、自他ともに認めているところです。しかし、「動物パニック物」というモチーフに「籠城物」を絡めてくるっていうアイデアは本当に秀逸。一軒家などに立て篭もるのは動物パニック物の嚆矢である『鳥』からして定番なんですが、まさか車とは!


イデアの混ぜ方がやっぱり上手いですよキングは。


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映画版も観直したいと思ったらとんだプレミア状態になってました! 近所のTSUTAYAにも置いていなかったので、お取り寄せを頼みました。


という訳で次はちょっと戻って『ハイスクール・パニック』を読みます。